インシデントとアクシデント

 江口先生のブログに触発されて、私も思うことを書いて見ましょう。

 かつてマスコミを賑わせた賞味期限切れ事件は、販売店の利益優先主義が生んだ、“意図的”な事件でした。以後、賞味期限に対して消費者が厳しい目で見るようになったのは、一方で過剰すぎるという思いもありますが、他方、企業の姿勢を問われるクリティカルな問題となっていますね。

 SHELL分析という危機管理手法が主に医療現場で最近一般化しつつあります。何が問題で、責任の所在がどこにあるのか?その改善方法は?などを構造的に分析し再発を防止する分析方法です。

 ちょっと引用してみましょう。

● SHELモデル
 インシデントを減少させるためにはなぜそれが起こったかという要因分析が重要である。例としてSHEL(シェル)モデルがある。

* S:ソフトウェア (Software) ・・マニュアルなど
* H:ハ-ドウェア (Hardware) ・・道具、機器
* E:環境 (Environment)
* L:個人的要素 (Liveware) ・・性格なども含む

の要因ごとに分析をし、そのインシデント発生の原因を把握し対処する。(wikipedia;インシデントの項)

 SHELの“L”は、普通は“LL”として、当事者(やってしまった人)と対象者(やられちゃった人)と分けて考えます。

 インシデントというのは、いわゆるヒヤリハットというやつですね。例えば、「カルテを間違えて、他の人の薬を渡してしまったが、すぐに気づいて患者様を追いかけ、正しい薬を渡した」とか、「他の看護師が気を利かせて、ある患者の点滴を作り置きしておいたが、別の看護師が、間違えてそれを他の患者に使おうとした」など、あやうくアクシデントを回避できたものの、「お〜、あぶねぇ〜」と思える事態です。
 命を預かる現場というのは「あー、間違っちゃった。あはは。」では済まない世界です。一般人の我々は「1%のアクシデント」ぐらいと、つい考えがちですが、医療の世界では「1000人に1人、すなわち、0.1%のアクシデントさえも起こってはいけない」世界です。
 ですから、それを実現するために、アクシデントのさらに一歩手前のインシデントに厳しい目を光らせます。上記の例のようなインシデント事例を起こした担当者は、インシデントレポートを書き、現場の上司のみならず、現場にフィードバックして、再発を防ぐ活動を日常茶飯事のごとく行っています。
 それでもアクシデントが起こることは、新聞記事を見ればわかりますね。

 さて「賞味期限の切れた商品をお客様に送ってしまった」という事例は、インシデントかアクシデントか?もうお分かりでしょう、アクシデントです。つまり、日本語で言えば事故ですね。
 事故ということは、厳密に言えば、民事、場合によっては刑事事件の対象となります。それは、被害者が発生しているからです。その内容の軽重によって和解になるか実刑になるかは別にして、その認識が大切だと思います。
 
 例えばこんな事件がありました。

イタリアで賞味期限切れ食品1000トン押収 最大規模の摘発

イタリアの司法当局は北部ベネト州などで食料品問屋の一斉捜索を実施し、乳製品や小麦、缶詰の賞味期限切れ食品計998トンを押収、業者ら計315人を詐欺罪などで起訴した。国営イタリア放送などが27日に伝えた。

 捜索は19日から22日まで主に問屋の倉庫などを対象に行われた。イタリアでは、食品の偽装摘発では過去最大規模とみられ、期限切れ食品の販売で得られる不当利益は800万ユーロ(約9億3700万円)に上る。

 イタリアはモッツァレラチーズから人体に有害なダイオキシンが検出されたほか、安価なオリーブオイルを高級品と見せかけるといった食品偽装が相次いでいる。

ここでは刑事事件になっています。ま、意図的な事件ですからね。しかし、賞味期限に対する扱いは、実は重いものがあるということです。そして、その事件に対する企業の逸失利益が大変なものになるという想像力を働かせることが大切です。
 1000トンもの賞味期限切れ(=売れ残り)を捨ててしまうのは、生産者としては心が痛みますがそれは別の話。また、場合によっては新聞やテレビに謝罪広告を出す必要もあるでしょう。それだけでも、数千万〜数億円のオーダーですね。
 記憶している人もいるかと思いますが、パナソニックが遥か昔に売ったストーブが欠陥品だった(正確に言えば、古いために部品が劣化して事故が起こっただけ)ということで、回収、代替品交換をちょっと前までやってましたね。あれなんか、一体いくらかかったんだ?というぐらいのコストがかかっているはずです。それよりも、前向きな事業活動ではなく、お客様に謝って、欠陥品を回収し、代替品をお送りしてという作業にかかるヒューマンリソース(ま、人手のことですが)のロスが痛いです。
 だからこそ、いろんな事件を隠蔽したりしようという意図が働くわけですし、逆に言えば、こんな事態にならないように、万全の準備と、緊張感を持って商売に当たるということです。

 最終的に“ケツを拭く”のは企業のトップであることには変わりはありませんが、その企業の一員として働くということは、その企業が(あなたの日々の労働も含め)得た利益で生計を立てるということで、それには、あなたのたった一つのアクシデントが多方面に影響を及ぼすということに思いをめぐらすべきでしょう。てか、そうして注意しないと、普通怖くてお給料をもらえません。私の場合。

 ところで、こういうアクシデントを起こしたことありますか?
 例えば、「実験器具を割ってしまった」「計算を間違えて、一桁多い材料を発注してしまった」「試薬の調整量を間違えて、無駄に多くの試薬を使ってしまった」「間違えてインキュベーターの電源を抜いてしまい、培養が上手くいかなかった」
 これらは通常研究室では「ミス」と呼ばれますが、危機管理の視点から見れば、全て「アクシデント」です。つまり「実害」があるということです。例えば試験管を割ってしまったのなら、その被害は小さなものかもしれませんが、問題は、金額の大小や、事件の大小ではありません。
 「アクシデントを起こしてしまったこと」そのものが問題です。

 さてここからが実は本題ですが(笑)、上記のようなミス(アクシデント)を起こした時、あなたはどう対処しますか?上司(先輩や先生)にまずは謝るでしょう。恐らく「以後、このようなことが無いように気をつけます」と言うでしょう。

 「気をつける?」

 「どのように?」

 「いや、慎重に行動して・・・・」

 そのアクシデントを起こした当時、あなたは恐らく十分慎重だったはずです。少なくとも普段どおり慎重に対処したと思います。それでもアクシデントが起こったのです。
 ここが肝心な所です。

 「気をつけます」という反省の弁は、実は何も答えていないのと同じです。

 「反省だけならサルでもできる」というCMのコピーがかつてありましたが、正にその通りです。中学生じゃあるまいし、そんなことをあなたの上司は求めているわけではありません。

 「このアクシデントを起こした原因に、何と何があって、その原因を取り除くために、具体的にどのように行動し、現場を改善し、再発を防ぐのか?」その具体的な解決策をあなたの上司は、あるいはお客様は求めているのです(先輩は意外に優しいから、そこまで求めていないと思うけどw)。

 少なくとも、これから社会に旅立つあなたたちを待っているのは、こういう現実です。少なくとも、お金を貰って物を、サービスを買ってもらうということは、そういうことです。

 いや、別に難しいことを、厳しいことを言っているわけではありません。素直に、あなたが自分の所属している組織とお客様に感謝し、そこの一員としての当事者意識を持っているのなら、例えば、会社の人間が、みな自分の肉親だとしたら、きっと普通にあなたがするであろうことを求めているだけです。

 だって、例えば自分の家族だったら幸せになって欲しいと思うでしょ?より良くなって欲しいと思うでしょ?それを、ちょっとだけ会社の人間に、お客様に拡張するだけの話です。

 ま、それができないから、日夜アクシデント、インシデントは起こるわけですが。
 もしあなたがアクシデントを起こしてしまったら、是非、このブログを思い出してみてください。

最近はまっている平林都の動画もどうぞw
http://www.youtube.com/watch?v=fwQy8mKCbdo&NR=1